ひらひらの仕掛け屋敷

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スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 最終話『Farewell』PART-C

スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world
最終話『Farewell』PART-C

(PART-Bからの続き)


「零……次」
 消え入りそうな声で、彩は少年の名を呼んだ。
 電子義眼が故障した所為で霞む視界。
 そこに映る少年は、悲痛な面持ちで自分を腕に抱き寄せている……本当なら、彼を悲しませるような事はしたくない。
 なのに、心の片隅では彼がこんなにも間近で自分を見てくれている事に、喜悦を感じている。
 泡沫の恋はついに成就しなかったが、それでも彼女はこうしているだけで幸せだった。
 先刻の爆発によって下半身と右腕が吹き飛んだ彩の身体は、特殊合金の骨格フレームや酸素を送り込む事によって膨張と収縮を繰り返す人工筋肉、血管の役割を果たすために張り巡らされたカテーテル、神経回路を刺激する電極配線や半導体、そして心臓の代わりに埋め込まれた小型動力炉が剥き出しになった無惨な姿に変わり果てている。
 そして、大破したボディからは人工血液が漏れ出て床に血溜まりを作っていた。
「これが……今のボクの身体だよ。あはは……ボク、もう人間じゃなくなっちゃった」
 完全に洗脳が解けた彩は、失った半身を見ながら渇いた笑い声を発する。
 自嘲めいた笑いではあったが、不思議と彼女に悲壮感は無かった。
「ボク……零次にいっぱい酷い事しちゃったね……タマちゃん、ユメちゃん……りーちゃん達にも……たくさん心配掛けちゃった……」
「もういい……もう……いいから……気にするなよ………そんな事」
 対して、彩を介抱する零次は嗚咽混じりに泣き続けている。
 彼女を討つ……彼女を解放させる……懊悩した末、そう決意して力を振るったはずなのに、零次の心には今になって言い様の無い悔恨が押し寄せていた。
「本郷さんや一文字さんなら、きっとお前を直してくれる……死にかけていた風見さんを仮面ライダーに改造して命を救ったって話してたから、きっとお前だって……」
 もう一度、彩と同じ時を過ごしたい……エゴだと分かっていながらも、その想いを止める術など今の彼には無い。
 残された僅かな希望に必死になって縋り付こうとしていた。
 しかし零次の言葉に、彩は何も答えず静かに微笑む。
 恐らく、彼女は自分の死期を悟っているのだろう。
 じきに費えようとする自分の命を前にしても表情に恐怖の色はなく、寧ろこれ以上ないくらいに清々しかった。
「零次……これ」
 人工皮膚か完全に破れてしまったが、辛うじて原型を留めていた左手を震わせて、彩は零次にずっと渡そうと思っていたものを差し出す。
 それは、小さな箱だった。
 包装紙とリボンで綺麗にラッピングされていたであろう箱は、人工血液によって赤く汚れ、固い紙で作られた箱も潰れて無惨な形になり果てている。
「これ……は?」

「ケホッ……ケホッ…………誕生日……おめでとう……」
 蝶の羽ばたきにも似た小さな咳き込みの後、彩は万感の想いを込めて彼を祝った。
 本当なら、ちゃんとした形で渡したかったのだが、もうそれは叶わない。
 こうしてる間にも、死の影は刻々と迫っているのだから。
「似合うかどうか分からないけど……一生けんめい……れいじに合うかなぁって……おもって……えらんだんだよ」
「彩……」
「ほんとうは……ケーキといっしょに……わたしたかったんだけど………ケーキ……つくれ……なかったから………ごめんね……」
 申し訳なさそうな呟きに、零次は無言のまま、しかし首を横に振るった。
「じゃあ……今度完成した奴を喰わせてくれ……そのケーキ作る前に死んだら許さねぇからな!!」
 途切れ途切れの言葉に対し、零次は満足に声を発する事が出来ぬまま叫ぶ。
 激昂から出た叫びではなく、大切な者を失いたくない一心で……。
 だが、彩はその言葉にも黙って笑みを浮かべるだけ。
 言葉を紡ぐだけの力が、彼女にはもうあまり残されていなかった。
「あけ……て……み……て……」
 プレゼントを受け取った零次が、ただ口を動かすだけにも等しくなっている彩の言葉に頷き、歪んだ箱を開けると、中にはシルバーのネックレスが入っていた。
 瀟洒なチェーンのトップには、精緻なデザインが施されたベルが付けられており、それが零次の手の中で揺れて、ちりん……っと、儚くも慎ましく、澄んだ音色がネックレスから奏でられた。
 まるで零次の悲しみを癒そうとするように、意匠を凝らした小さな鐘は、暖かみのある音を響かせている。
「良……かっ……た……ちゃん……と……渡……せ……て……ボ……クね……れい……じ……の……こと……だい……す……き……だ……よ……」
 彩が言い終えた後、零次はそのネックレスを首に下げようと試みる。
 慣れない止め具に悪戦苦闘していると、ネックレスが揺れ、再び優しい音が響いた。
「彩……付けてみたぞ。似合うかどうか見てくれ」
 その言葉に、答えは返ってこなかった。
「なぁ彩、頼むよ……俺こういうアクセサリーとか……付けた事無いからさ、自分じゃ……似合うかどうか分からねぇんだ……似合わないんなら馬鹿みたいに大笑いしてくれよ……だから……」
 滂沱の涙で顔を濡らす零次の声が、震え、最後は言葉にならない。
 もう一度だけ、その声を聞きたい……彼はそう願った。




……うん、ぴったりだよ。



 その声は、いつ聞こえたのか分からない。
 だが、零次には確かに聞こえた。
 あの爛漫な声音が……。
「彩……彩っ!!」
 何度身体を揺すろうとも彩はもう、何も答えなかった。
 笑う事も。
 怒る事も。
 泣く事も。
 忙しなく表情を変える事を……もう彩はしなかった。
 ただ穏やかな表情だけ浮かべて……彼女は眠りについていた。
 今、零次の腕の中に『ある』のは、心なき者によって身体を辱められ、実験という形で使い捨てられた少女の亡骸……だが、表情に苦しみや悲しみはない。
 まるで、赤子のように無邪気な『寝顔』を浮かべて安堵した様子を見せて眠っていた。

「彩……」
 その名を呼べば、いつも純粋無垢な笑顔が返ってきた。
 だが今は、声を届けても虚しく消えゆくだけ。
 それは、零次が再び突き付けられた現実。
 もう彩という少女はこの世にはいないという……残酷な現実。

「ぐっ…………ぐぅぅぅ………うっ……うっ……ぐぅ………うぅぅぅぅぅぅああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっ!!!!!!!!!」
 もう抑える事が出来なかった。
 彩の亡骸を抱え、激情に駆られた零次が、声の限りに慟哭する。
「何が仮面ライダーだ! 何が正義だ! こんな力があったって……結局、結局大切なものを守れなかったじゃねぇかっ!!」
 辺りに瓦礫が降り注ぐ中、零次はただひたすら感情を叫びに変えていく。
 振り向ける所のない彼の激情は、暴走して止まる事を知らない。
 喉が潰れ、声がかすれようとも、零次は叫び続けた。
 怒り、悲しみ。自分の中にある負の感情全てを爆ぜさせるように……。
「いったい……何の為に……今まで強くなろうとしてきたんだ? 何の為に……今まで戦ってきたんだよ」
 零次の慟哭に今は答えを与えてくれる者は誰一人としていない。 
 彼の名を叫ぶ二人の青年が駆け付けても、零次は彩の頭をかき抱いたまま、そこから動く事は無かった。



 明野宮市にある小さな霊園に零次達が訪れてきたのは、あの戦いから丁度二ヶ月が経った日の事。
 慣れない土地なので少し迷ってしまったが、珠音と由芽に場所を聞いて何とか無事に辿り着く事が出来た。

“そういえば、アイツと初めて出会った時も道に迷ってたんだよな……”
 友人の眠る前で、零次はそんな事を考えながら雲一つ見当たらない快晴の空を見上げる。
 寒さが一層強くなっているというのに、陽光はこれ以上ないくらいに暖かった。
 羽織っているフェイクレザーのジャケットや首に巻いた細いストールが鬱陶しく思えるほどに。
「アーヤ、カツサンド持ってきたよ。後でゆっくり食べてね」
 かつてその渾名で呼んだ友人の墓前に、大好物だといって幸せそうに食べていたものを供えたスバルは、いつもの明るい調子で語り掛ける。
 外見に似合わず気弱な面もあるというのに、悲しむ素振りは全く見せていない。
「花より団子なアンタがこんなもん喜ぶとは思わないけど……ここに置いておくわね」
 持ってきた白百合の花を淡々と花立に差すティアナは、気丈に振る舞ってはいるものの、やはりまだ気持ちの整理が付いていないのか少し目を伏せる。
 だが、スバルでさえ耐えているのに自分が耐えない訳にはいかないと自身に言い聞かせ、わざとらしくドライに徹した。
「アーヤ……わたし、とうとう世界ランキングに入ったんだよ。まどかにはまだ全然届かないけど、でもようやく世界チャンピオンになれる為の橋が掛かったよ」
 水鉢に水を供え、小分けした線香束に火を点けてから香炉に置いた梨杏は豊かな黒髪を耳に掛け、笑顔でこれまでの戦績を報告する。
 彼女もまた、決して涙を見せまいと微笑んでいた。
「ほら、零くんもアーヤに何か言ってあげて」
「あぁ……」
 後ろで空を見上げていた零次に声を掛けると、零次は短く呟いて墓前に歩み寄る。
「彩……悪かったな……しばらく来てやれなくて」
 もう帰ってはこない少女に、零次は言葉を紡ぐ。
 あの後、零次は駆け付けた剣崎と渡の手助けによって崩壊する研究所から脱出できたものの、彩を失った悲しみに打ちひしがれていた。
 基地へと帰還した零次を待っていたのは天道の労いと、仲間達の必死な励まし。
 それが無かったら、彼は今ごろ現実から目を背けて絶対ここには来なかっただろう。
 壊滅状態に陥っていた新宿の復興と救助活動、そして事後処理もようやく一段落し、ちゃんとした形で墓参りに来れるまで随分と時間は掛かってしまったが……。
「俺……やっと分かったよ。何のために戦うのかっていうのが」
 悩み抜いて、ようやく辿り着いた思いを少女に告げるべく、零次は一呼吸置いてから語りだす。
「それは……お前がいつも俺達に見せてくれたような笑顔を……この世界にいる人達の明るい笑顔を守りたい。その人達の大切な居場所を守りたい……そう誓って今は戦ってる」
 軽く拳を握り締め、静かかに語る零次は、未だ終わる事を知らないダーククライムとの戦い続ける事を新たに決意する。
 零次の語りに、スバル達も黙って耳を傾け、そして彩が眠る墓をじっと見つめていた。
 ひとしきり零次が語り終えると零次達は両手を合わせ、目を閉じる。その瞼の裏には……今でも鮮明にあの笑顔が蘇る。
 ちりん……耳を澄ませば、零次の胸元で揺れるシルバーのベルが、優しげに囁く。
 彼らの言葉に答えるように、暖かい音色が───そこに響き渡っていた。


          <了>
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スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 最終話『Farewell』PART-B

スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world
最終話『Farewell』PART-B

(PART-Aからの続き)



「うぅぅぅっ……痛い……痛いよぉ……」
 顔や腕に管と思われる筋が枝分かれするように浮き上がり、彩は自分の顔を抑えながら苦悶の声を上げていた。
 さながら奇病に身体を蝕まれ、施しようのない内なる激痛に苦しむ者のように。
「彩……どうしたんだよ彩!!」
 呆然としていたイヴが我に返ると、慌てて蹲った彩の背中に手を置く。
 改造人間としては、リジェクションが起こらない唯一の成功例であるイヴには何故彩が突然苦しみだしたのか理解出来なかった。
「うぅ……うぅ……痛………いぃぃ……痛い……げほっ……げほっ、げほっ!!」
 総身を駆け巡る痛みを訴えながら猛烈に咳き込むと、再びせり上がってきた血を吐き出す。
 それと同時に、リノリウムの床がペンキでもぶちまけたかのように、一ヶ所だけが赤に染まった。
 だがそれは、本来人間が吐くような血ではない。
 普通、人間は喀血すると清流水のようにさらさらとした鮮やかな色の血を吐く。
 それに対し彩の吐いた血は、まるで泥水のように粘性を含んでおり、色も死人の血のように濁っている。
 恐らくは、これも人工物の類なのだろう。
「しっかりしろ、彩っ!!」
「零……次……痛い…………痛いよ………助けて………零次……」
 口を衝いて出たイヴの叫びに、彩は弱々しく言葉を紡いでいた。
「お前……今……」
「零次……助けて……零次……どこに……どこにいるの……?」
 身体を丸め、虚空を掻き毟るように手を伸ばして彩は助けを求める。
 双眸から涙を溢れさせ、悲壮な眼差しで彼の名を呼ぶ表情は、はぐれた親を探し求める迷い子のようだった。
「彩……」
 小刻みに震えるその手を、零次はそっと掴もうとする。
 だが……。
「い、いっ……嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 突如、彩はイヴの手を振り払い、顔を涙でぐしゃぐしゃに汚したままパニック状態にも等しい悲鳴をエントランスに響かせる。
「返して……ボクの身体返してよぉっ!!」
 その絶叫は、ヒューマンサイクロプスではなく、他ならない美島彩の声。
 普段の彩なら、絶対に発する事の無い悲痛な叫び。
 彼女はリジェクションの痛みによって、洗脳が一時的に解除されつつあった。
 だが、中途半端に洗脳が解けてしまった故に、身体を改造された事や今までの記憶全てが一気にのしかかる。
 それは、彼女にとって余りにも精神的負荷が大き過ぎた。
 身体を改造されたとはいえ、心は生身のまま。
 当然、過剰なストレスが加われば簡単に崩壊してしまう。
 人間の心というものは、それほどまでに繊細かつ脆弱なのだ。
 はたして彩が泣き叫ぼうとも、彼女の身体を改造した者は訴えを聞き入れるつもりなど毛頭なく、静観を決め込んでいる。
 所詮は実験台。
 必要が無くなれば捨てられるもの。
 そんな理由だけで、彼女は人として生きる権利は愚か、夢も将来も仲間とともに過ごす平穏も全て剥奪されたのだ。
「彩、俺だ……零次だ。分かるか?」
 半狂乱で泣訴する彩の手を今一度握り、イヴは自分が傍にいる事を告げるべく柔らかな声音で呼び掛ける。
 一刻も早く彼女を安心させてあげたい……その思いが考えるよりも早く行動に移していた。
「俺は……ここにいる」
「零……次……」
 顔を上げてイヴの顔を確認すると、僅かに安堵したのか先ほどに比べて表情が和らぐ。
「ごふっ……がほっ!! あぁ……あぐうぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
 だが、感極まった彩を嘲笑うかのように、再びリジェクションの激痛が彼女に襲い掛った。
 人工器官を通じて逆流してくる血が口腔から迸った後、彩は頭を抱えて顎骨が外れんばかりに大口を開け、喚き、床を転げ回る。
「お、おい彩っ!!」
 イヴの呼び掛ける声に応じる余裕さえ、今の彩にはなかった。
 大量の血泡を口から吹き出し、白目を剥きながら痙攣する様は、水を見せると恐怖でのたうつ狂犬病のそれに近い。
 誰の目から見ても正気を保っていられるような状態ではなかった。
 暫しの悶絶の後、彩は突然、ぴたりと動きを止める。
「メイレイ……カメンライダーイヴヲ……ハカイ……ストーン・イヴ……カイシュウ」
 そして、床に仰臥していた状態から身を起こすと、光を宿さなくなったティーブラウンの瞳をイヴに向ける。
 一度は解けかけていた洗脳プログラムが、皮肉にも再び起きたリジェクションの激痛とショックで起動してしまったのだ。
 もっとも……既に彩の意識はなく、彼女はインストールされたプログラムを実行するだけのマリオネットとして『動かされている』だけになってしまったが……。
 埋め込まれた電子デバイスや機械化された神経回路全てが停止したため、関節部分から金属が擦れる耳障りな異常音を鳴らし始める。
 それでも拳を固めた彩は、ふらつきながらイヴに接近して彼の胸に拳撃を放っていく。
 だが、その拳は先ほどのような威力は完全に失っていた。
 かつてストリートで梨杏が賞賛したその拳撃は、今では動物の一噛みにすら劣りを見せている。
 小さな拳が強化皮膚の身体を叩くたび、カツン……カツン……という鋼鉄扉をノックするような滑稽な音が響き渡っていた。
「ぐぶっ……げほぉっ! ゴフッ……!!」
 何度目になるであろうか……?
 吐き出した血が自分のドレスだけでなく、イヴの身体にも飛散し、銀色のボディに赤い斑点がこびり付く。
「彩……もういいよ……もういいだろう!!」
 彩の惨めな姿を、これ以上見るに耐えられなくなったイヴは、声を限り叫んだ。
「カメンライダーイヴ………ヲ……ハカイ……スル………ソレガ……トライバルエンドサマノ……メイレイ……」
「ぐっ……彩……」
 制止の言葉を聞き入れる事すら出来ず、彩は機械的な口調で植え付けられた命令を声で告げる。
 その様は、スクリプトを読み込んで音声をアウトプットするだけのコンピュータ同然だった。
 ダメージなど被るはずもない拳撃を放つだけの無意味な行動を、ひたすら繰り返す彩の身体に、イヴは前蹴りを奔らせる。
 もう防ぐ余力さえ残っていないのか、彩はただ胸元を蹴られるまま後方に吹き飛ばされ……その後、小刻みに身体を振動させながら再度立ち上がった。
 総身を駆け巡る紫電、硝子を爪で掻く音に似た異常音、夥しい吐血、磁器人形のような無表情、痙攣する肢体、おぼつかない足取り、そして虚ろな眼差し。
 もう彼女らしさは微塵も無い。
 利用価値すら失い、ガラクタにまで成り下がった人形……今の彩を差すならば、そういった表現が妥当であろう。
「はぁぁぁぁぁっ……」
 もう……これ以上苦しませはしない。
 全てから解放してやる。
 苦悩した末に頑強な決意を固めたイヴが、双手を広げて両膝を僅かに折ると、ストーン・イヴのエネルギーが右脚に集中し、彼の脚部はシルバーメタリックのボディよりも更なる輝きを纏った。
 その構えは、彼が必殺技を繰り出す為のスイッチ。
 幾度となく敵を撃破してきたその技を、彩に放つ……彼女を苦痛から解き放ち、安らぎへと導かせる為に。


『助けてくれてありがとう。ボクは彩、美島彩だよ』

『うん、この辺でストリートファイトやってるから、ああいう風にボクに挑戦してくる人多いんだよ』

『今度ボクも零次が住んでる東京へ遊びに行ってみるね』

『おはよう零次、今日もトレーニング? 朝から早いね~、こっちに来て話しようよ』

『零次……中途半端な気持ちで戦い方を教えてってボクに言ってるの? だったら怒るよ』

『零次が仮面ライダーでも、ボクにとって大切な友達なのに変わりは無いよ。だって零次は零次だもん』

『零次が本当に強くなりたいって思ってるならボクも協力するよ。だけど約束して……絶対に死んじゃダメだからね』

『梨杏ちゃん、大人っぽくて綺麗だったね~。それにすっごく強かったし。零次は幸せだね、梨杏ちゃんみたいな娘が幼なじみで』

『この料理、天道さんが全部作ったんだって。凄いよね~。あ、この麻婆豆腐おいしそう! 零次も一緒に食べようよ!!』

『梨杏ちゃん負けちゃったね……でも、最後まで諦めずに闘ってたんだから本当に凄かったよ!』

『零次……目大丈夫? ごめんね、ボク何も出来なくて……』

『やったね、零次。あとはフェイトさんを助けるだけだよ! 頑張って!!』

『零次……ユメちゃん、どうしちゃったんだろ? ボク、ユメちゃんを怒らせるような事しちゃったのかな……?』

『ありがとう、零次……大切にするね』

『えへへ……むぎゅ~』


 そう思った刹那、彩と過ごした日々の情景が脳裏を去来する。
 彼の記憶にある少女は、いつも表情豊かだった。
 笑って、泣いて、怒って……目まぐるしく表情を変える彩の姿が、なおいっそう彼の中で鮮明に映し出される。
 決して彼女と長い時を共に過ごした訳では無い。
 彼女の全てを知っていた訳では無い。
 そして……彼女の気持ちには、ついぞ気付けなかった。
 大切な友達……そう思っていただけに、彩の告白は彼に衝撃を与えるには十分なものだった。
 だが、そんな彼女の純粋な気持ちすらも敵対する者達に体のいい道具として利用され、こんなにも残酷な結末を迎える……。
 なぜ彼女がここまで運命を狂わされなければならないのか?
 なぜ全てを奪われなければならないのか?
 そんな思いに苛まれたイヴが、素顔を覆う仮面の奥で声を殺し、慟哭する。
 止める事は愚か、抗う事すら叶わない悲劇と絶望を前に、彼は余りにも無力だった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
 悲嘆を振り払うかの如く咆哮するイヴが、膝を僅かに曲げた状態から地を蹴って高らかに跳躍する。
「ライダァァァァァァァァァァァァキィィィィィィィィィック!!!!」
 叫びながら繰り出されるそれは、彼の刺客として送り込まれたサイクロプスシリーズを悉く破壊してきた必殺の飛び蹴り──ライダーキック。
 流星の如く輝線を描いて放たれるその蹴りが彩の胸に叩き込まれ、その小さな身体を貫く。
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スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 最終話『Farewell』PART-A

スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world
最終話『Farewell』PART-A


 仮面ライダーイヴは、両拳を胸の前にした構えで彩の出方を伺っていた。
 彩も格闘戦を得意とする為、迂濶な接近は命取り。
 尚且つ、相手の手の内を理解している以上は、闇雲な打撃は出さぬが上策といえる。
 床をしっかりと踏みしめ、まるで脚に樹木の根でも生えたかのように、そこから一歩も動く事はなかった。
「てっきり真っ向から突っ込んでくると思ったけど………随分慎重になったんだね、仮面ライダーイヴ」
 彩はもう、彼の事を零次とは呼ばなかった。
 血液交換の後、完全なる洗脳を施された彼女の電子義眼は、眼前のライダーを攻撃対象として映している。
「………」
 彼女の皮肉に、イヴが出した応えは──無言。
 もはや動じる気配さえ見せない。
 泰然自若。その言葉を表すかのようにイヴは閉口したまま彩を見据えている。
「むぅ~……」
 自分が無視されたと思ったのか、不機嫌さを隠す事もなく彩は口を尖らせた。
「じゃあ……ボクのスピードについて来れるかどうか試してあげる!」
 焦れる事に慣れていない───いや、単純に我慢が足りないだけの彩が床を蹴ると、市街地戦の時と同じサブソニックのスピードで一気に零次との距離を詰める。
 やはりその軽捷な身のこなしは、肉眼で捉える事は不可能だ。
 肉食動物よりもなお一層速い動きに、しかしイヴは何か策があるのか静寂を破る事なく機を待ち、その場に佇む。
“まだだ……まだ早い”
 自身に言い聞かせて、イヴは依然として不動のまま。
 その間に、彩は眼前にまで差し迫っていた。
「やぁぁぁぁっ!!」
 寸単位までの距離に肉薄した刹那、彩はワンインチパンチを放とうとしてイヴの鳩尾に拳を押し当てる。
 内功を使う事が出来ないので、そう呼称していいのかどうかは分からないが、身体を改造された彩のワンインチは、生身の時のように氣を練ってから放つのではなく、内臓されたマイクロリニアモーターを駆動する事によって運動神経回路に膨大な電流をエネルギーに変換して送り込み、それに生じたパワーを利用する為、以前よりも僅かな動作で迅速かつ強大な拳撃を放つ事が可能となった。
 それは、生身の人間では辿り着く事の出来ない境地。
 それと同時に、人ならぬ異形の者であるという証だ。
“───今だっ!!”
 彩が寸勁を叩き込もうとした刹那、レーザーポインターよろしく的確に姿を捉えたイヴが、彼女の腹部にワンインチよりも速く、そして強烈な拳撃を叩き込む。
「ぐぅっ……!?」
 信じられないといった様子で、彩は目を見開く。
 何故イヴが自分のスピードを見切る事が出来たのか……今の彩には理解する事が不可能であった。
「これは……お前や梨杏、スバルが協力してくれたおかげでモノに出来た心眼だ。心眼は目に捉えられぬものを捉え、心の中に実像を映す」
 イヴの秘策……それがこの心眼だった。
 かつて、フェイト────正確には彼女に憑依したスタッグビートルサイクロプスによって両目を傷付けられ、目が見えなくなったときに修練を重ねて会得した『術』である。
 最も、心眼を修得する時に協力してくれた彩に使う日が来るとは思わなかったが。
 つくづく、自分の運命を勝手気ままに弄ぶ神とやらに唾を吐きたくなっていた。
「あっ……あぐぅぅ……」
 腹部を双手で抑える彩は、口腔が覗くほど大口を開けて苦しみむせぶ。
 身体はくの字に折られ、背中を丸めている様は拳撃の威力そのものを示す。
 それに伴い、床を踏み鳴らす音がエントランスに響いた。
 彩が後退した所為である。
「はぁぁぁぁぁ………」
 動きを止めた彩を見て好機と踏んだイヴは、静かな息吐きの後、速射砲のような正拳の乱打を彩のボディに叩き込む。
 銀色の強化皮膚で覆われた拳が、彩の腹部、胸部といわず無作為に殴り付ける様は、容赦という文字が浮かばない。
 イヴも本気だったのだ。
「おらぁっ!!」
 殴打のラッシュに次いで繰り出されるは、中野洋子直伝のミドルキック。
 腰と軸足の回転を活かした蹴りは、やはり強化皮膚の力によって戦車装甲すらも容易にへし曲げる威力を誇る。
「あがぁっ!?」
 彩の動作速度を越えた遷音速で放たれる白銀の軟鞭。
 それによって脇腹を抉られ、小柄な身体を吹き飛ばされた彩は───その衝撃に抗う事もなくエントランスホールの壁に衝突すると、コンクリートで作られた壁は凄まじい破砕音を轟かせて瓦礫となり、彩はその中に埋没してしまった。
「あははは……やっぱり強いね、仮面ライダーイヴ。これならトライバル・エンド様が警戒する訳だよ」
 濛々と粉塵の白煙を上げる瓦礫の山から這い出し、彩は服に付いた埃を掌で払う。
 必要以上にレース生地やフリルをあしらったダークカラーのドレスが所々破け、そこから覗く柔肌を模した白い人工皮膚も破損してクロームメタルの装甲が剥き出しになっていた。
 しかも、衝撃によって内部器官も故障したのか全身からはプラズマが発生。
 内部の大半は、臓腑ではなく人工臓器を詰め込まれてはいるが、脳髄の中枢神経には半導体を埋め込み、末端神経には配線を張り巡らせている。
 それだけでなく身体のあらゆる部位に電子デバイスを搭載している故、至るところから漏電してしまったのだ。
 だが、彩はさほどダメージは無いといった様子で───そう見せているだけかもしれないが───呼吸を正す。
「でも……ボクに格闘戦を挑むのは失敗だったね」
 依然、総身に紫電が駆け巡っていながらも不敵に唇を歪ませて、彩は再び構えた。
 利き手、利き足を前に出した半身の構え……それは幾度となく見てきた彩のスタイル。
 それが今、自分を標的として拳を向けられている。
「……失敗かどうかは、やってみなきゃ分からねぇだろ!」
 イヴもまた、拳撃を繰り出そうとして駆け出すが、対して彩は助走を付けてから弾丸よろしく疾走。
 そして急激に身を倒し、スライディングで床を滑りながらイヴの脚を刈る。
「くっ!?」
 足下を掬われバランスを崩したイヴの体躯が、ふわりと宙を舞い、床に落下した。
 息付く暇なく、立ち上がった彩は倒れ込んだイヴの腹部に踏み蹴りを叩き込もうとするが、咄嗟の判断でイヴは転がりながら踏みつけを躱す。
 辛うじて避けた一撃に安堵しつつ片膝を付いてから身を起こすが、彼の眼前に待っていたのは、彼女の蹴りだった。
「がふっ!?」
 顔面を直撃したのは、計り知れないパワーを秘めた彩の得意技、サイドキック。
 パンプスの靴底が鮮やかにクリーンヒットした衝撃で、イヴの仮面に皹(ひび)が入った。
 幸か不幸か、衝撃は仮面で留まった為、強化皮膚のマスクに覆われた頭蓋や脳に影響は無かったが、精密危機である複眼が割れてイヴの視界に灰色の砂嵐が映り込んでしまう。
 のみならず、どうやらサウンドウェーブレーダーも故障したらしい。
 耳障りなノイズが彼の聴覚を襲った。
 サウンドウェーブレーダーとは、文字通り音波を感知する為の人工器官であり、イヴだけでなく他のサイクロプスシリーズにも内臓されている。
 このサウンドウェーブレーダーは、半径20メートル以内のあらゆる物音の音波を拾う事が可能で、範囲内であれば僅かな音でも聞き逃す事はない。
 どんなに離れた距離でも草木の擦れやサイレンサーによって音を消された銃声、果ては電子音から小動物の息遣いまでも聞き取る事が出来るのだ。
 故に、それの故障はイヴにとっては致命的たるものだった。
 心眼は目で捉えられないものを捉えるといっても、大半は視覚に頼る事を放棄して、聴覚と触覚を最大限に研ぎ澄まさなければ為せぬ技術だからである。
「クソッ……」
 サウンドウェーブレーダーを自己修復すべく、慌てて内臓されているリカバリーシステムのアクティベートを試みるが、その隙に彩は蹴りのフォロースルーから体勢を立て直して高々と跳躍していた。
「せーの……やぁぁぁぁっ!!」
 垂線を描いて飛翔する彩が、フィギュアスケートのショットガンスピンのように身体を旋回させてイヴの側頭部に後ろ回し蹴りを放つ。
 スカートの裾を翻して放たれるそれは、先程の意趣返し。
 イヴの蹴りに比べれば威力は劣るものの、やはりそのスピードは折り紙付きといえる。
「おわぁっ!?」
 幸いにも、幼少時の空手経験によって培われた防衛本能が働いたイヴは、彩の踵を片腕のみでガードするが、衝撃を緩和させるまでには至らず。
 身体が床を擦るほどの高度で弾かれる。
 その距離、およそ五間。
 あわや中央の柱に右半身を叩きつけられるといった寸前、イヴは前転受け身の要領で鞠のように床を転がって衝撃を分散する。
 そして、その勢いを殺す事なく床を蹴って立ち上がった。
「言った通りでしょ? ボクに格闘戦挑むのは失敗だって。だってボクこんなに強くなったんだもん」
 着地後、ピンク色の舌を出して笑う彼女は、相変わらず自分の力を誇示するかのように言い放つ。
 以前までの彩なら、例え自分の力量が相手に勝っていようとも、それを鼻にかけるような事は無かった。
 だが今は、与えられた力を振るって驕り高ぶった様相を見せている。
 闘士としては愚かな事甚だしい。
 かつて純真なまでに強さを追い求め、自らを錬成していた努力家の美島彩はもういなかった。
「強くなった? 笑わせるんじゃねぇよ」
 真っ向から彩を見据えるイヴが、侮蔑も露に失笑する。
「……どういう意味?」
「俺が知ってる彩はな……もっと真っ直ぐで、もっと純粋な拳を打ってきた。でも……今のお前にはそんなもの微塵も無い」
「だから何なの?」
「分かってねぇみたいだから単純に言ってやる……今のお前の腐れきった攻撃なんざ、欠伸が出るほど簡単に捌けんだよ!」
 反響する一喝。
 それを聞いた彩の相好が、憤怒の色に染まる。
「そんな身体で言ったって何の説得力も無いよ!!」
 今度は彩の怒声が跳ね返ってきた。
 眦を決して再び見せるは残像を残した早駆け。
 極限まで強化された腿力の伸びを効かせて間合いを詰める。
「はぁぁぁぁっ!!」
 烈帛の気合いとともに放たれるは、胸元に照準を定めた縦拳の直突き。
 しかしイヴは、その縦拳を空手の中段受けで事もなげに防ぐ。
「う、嘘っ!?」
「だから言っただろ? 簡単に捌けるってなぁ!!」
 会心の一打を綽々といった様子でガードされて愕然としている彩を尻目に、イヴは彼女の首の後ろに手を回して上体を無理矢理引き寄せると、鳩尾に膝を突き刺した。
「げほっ、げほっ……あがっ……ぐぅぅ」
 鋭角に曲げた膝蹴りで急所を刺された彩が、とうとう両膝を付いて咳き込む。
 先刻、壁に激突した際のダメージで身体の内部を故障した彼女にとってそれは、拷問にも匹敵する責め苦であった。
 体内が全て人工臓器とはいえ、人体を模したそれは無論精密なもの。
 天文学的数値を叩きだす衝撃を与えれば、確実に内傷は被る。
「うっ……うぅ……」
 イヴの胸元まであるかどうかの矮小な体躯を震わせて立ち上がる彩は、もうダメージを隠しきれなかった。
 だが、人形細工のような容貌を歪ませながらも彼女は両拳を握る。
「ボクの攻撃……簡単に捌けるんだよね? なら、これでもそんな事言えるの!?」
 叫んだ刹那、両腕に嵌められた手枷と巻き付いた鎖──神経回路のリミッター的役割を果たしているそれを外し、双手から縦拳の連撃を繰り出す。
 詠春拳という中国拳法の技術、連環拳──チェーンパンチだ。
「くぅ……!?」
 その名の通り、連ねる鎖の如く次々と暇なく繰り出される攻撃は、一呼吸の間に二〇を越える手数。
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スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world第三話『騎士の涙』

スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world第三話『騎士の涙』



 零次の乗るマッハアクセルが、時速二〇〇キロで首都高を駆けていた。
 一切スピードを緩める気配はなく、ハイウェイロードを走る車や輸送トラックの間を縫うようにして器用に走り抜け、車線を変えては追い越し、また車線を変えては追い越していく。
 端から見れば、スピード狂がその速度に酔いしれ、道路交通法もマナーも無視した危なっかしい運転をしているだけにしか見えないが、彼がそんな人間達とは決定的に違うのは、マシンと一体化したような見事なライディングテクニックを駆使しているからである。
 車体を傾けて左右にハングオンしながらハイウェイを走っていると、ジャンクション付近に差し掛かり、その手前にあるインターチェンジで降りて一直線に市街地を駆け抜けていった。
 マッハアクセルのナビゲーションによれば、この市街地を抜けた先の郊外に、目的地である太陽光発電研究所があるという。
 自然と、右手で握り締めたスロットルに力が込められた。
「ギィー!!」
 だが、そんな零次を待ち伏せていたかの如く、ダーククライムの戦闘員達がマシンを駆って零次の前に立ちふさがる。
 咄嗟に零次はマッハアクセルを横滑りさせてブレーキングし、タイヤをスリップさせながら急停止した。
 耳障りな音の後、辺りにタイヤが磨耗して、ゴムを燃やした時と同じ異臭が漂う。
「クソッ、こいつらの相手してる暇はねぇってのに………」
 戦闘員の数は目測で約二十人。
 変身して闘ったとしてもかなりの時間は消費する。
 一か八かで強行突破を試みるか……そう考えもしたが、今は下手げにダメージを受けたくはない。
 何より、彩を救出する事の方が最優先なのだから。
「ククク……よく来ましたね。仮面ライダーイヴ」
「トライバル・エンド!?」
 思案を巡らせている零次の眼前に、トライバル・エンドが姿を現した。
 それを見るや否や零次はフルフェイスのヘルメットを外してマッハアクセルから飛び降りる。
 仇敵を前にした彼の表情は、怒りに満ち満ちていた。
「彩を……彩を返しやがれ!!」
「やれやれ……物分かりの悪い王子様ですね。あのお姫様はもう貴方を敵としか見なしていないというのに」
「彩は絶対に俺が連れて帰る! あいつをテメェらの玩具にして堪るか!!」
「出来ますか? 貴方一人で」
「一人じゃない」
 怒号を向ける零次に対し、戦闘員を従えて驕慢さを隠す事なく笑うトライバルエンド。
 だが、そんな彼らの前に、二人の茶髪の青年が現れた。
 剣崎一真、そして紅渡である。
「仮面ライダーは一人じゃない……それはお前が一番良く分かってるはずだ。トライバル・エンド」
 精悍な顔立ちをした剣崎が、青い指貫きタイプのレーサーグローブを嵌め直してトライバル・エンドを睨み付ける。
「貴方達は……」
「零次君一人だけが研究所に向かっていると思った?」
 表情こそ柔和だが、それでいて鋭い光を双眸に宿した渡が言い放つ。
 二人もまた、天道に出動命令を受けて研究所へと向かっていた最中なのだ。
「零次、ここは俺達に任せて、お前は早く彩ちゃんを助けろ」
「えっ!?」
「俺だって天道の命令には納得出来ない……必ず彩ちゃんを助ける手立てがあるはずだ!」
 剣崎の言葉に、零次は目を見開いて驚愕した。
 それは……命令違反も辞さないといった様子である。
 だがそれは、幼い頃に両親を失って以来、人々を守りたいという想いで戦っている正義感の強い彼らしい台詞だ。
「僕と剣崎さんさえいれば、こんな奴ら直ぐ片付く。だから早く行ってあげて」 剣崎とは対照的に、温厚で優しい渡らしく零次に柔かな笑みを浮かべているが、その言葉には自分達に任せて先に行けという頑強な意志が込められている。
「剣崎さん……紅さん…………」 
「早く行けっ! 零次!!」
「はいっ!!」
 剣崎の一喝により、零次は直ぐ様マッハアクセルを走らせていった。
「よし……こいつらを一気に片付けるぞ、渡」
 零次が走り去っていたのを確認して、剣崎はブレイバックルを腹部に当てた。
 そして、剣崎の言葉に、渡は静かに頷く。
「変身!!」
『TURN──UP』
 ブレイバックルにカテゴリーエースのカードを差し込み、ベルトのバックル部分……ラウズリーダーが回転すると、巨大なカード状のゲートが出現。
 剣崎が疾走してそのゲートを潜ると、ヘラクレスビートルを模した鎧、ブレイドアーマーが装着され、剣崎は仮面ライダーブレイドに変身する。
「よっしゃあ! キバッて行くぜ!!」
 剣崎の変身後、キバットバットⅢ世が自分の頭上を飛び回るのを確認した渡がその手を伸ばした。
「ガブッ」
 そして、キバットが渡の腕に噛み付くと、体内に魔皇力が注入されて渡の腰にベルトが巻き付く。
「変身!!」
 渡の叫びとともに、ベルトの中央にキバットがぶら下がると渡の身体にキバの鎧が装着され、渡は仮面ライダーキバとして覚醒した。
「良いでしょう。あのジョーカーを封印した貴方と、人間とファンガイアのハーフである貴方の力にも興味がある……今後の研究の為のサンプルとなってもらいますよ……奴らを捕らえなさい」
「ギィー!!」
 キバとブレイドに変身した二人を見て、トライバルエンドはダーククライムの戦闘員達に命令を下す。
「この世界を……俺達の大切な人達を……お前の思い通りにはさせない!!」
 マシンから降りて襲い掛かかってくる戦闘員に叫びながら、ブレイドがラウズ・アブソーバーにクイーンのカードをセットする。
『ABSORB──QUEEN』
 そして、キングのラウズカードをスラッシュ。
『EVOLUTION──KING』
 アブソーバーから発せられる電子音声とともに、所持していた十三枚のスペードスートのラウズカードがブレイドの身体に融合し、キングフォームとなった。
 本来、ボードが開発したライダーシステムやアブソーバーにこのキングフォームという形態になれるシステムは存在しない。アンデットとの融合係数が異常なまでに高い剣崎だからこそ使えるフォームである。
 最も、それは剣崎をアンデットと同じ存在へと変えてしまう危険性を伴ってはいるのだが……それでも彼は辞めないだろう。
 戦えない人々の代わりに、自分が戦うという自らに課した使命が、彼を突き動かしているのだから。
「こっちも全力で行くぜ!! タッちゃん、カッムヒアー!!」
「ハイハ~イ! フォルテッシ~モに行きましょう!!」
 キバットがドラン族のモンスター、魔皇竜タツロットを呼び出すと、陽気な声とともに飛んできたタツロットがキバの左腕に止まる。
 それにより、キバの鎧を抑えつけていたヘルズゲートと呼ばれる拘束具、そしてカテナと呼ばれる鎖が全て解放され、キバは真の姿、エンペラーフォームへと究極覚醒を遂げた。
 王と皇帝……金色に輝く二人のライダーがダーククライムの戦闘員を迎撃すべく戦闘態勢に入る。
「ギィー!!」
 最強形態になった二人に怯みながらも、戦闘員達はトライバル・エンドの命令を遂行すべく二人に襲い掛かった。
「オラオラッ! 今の渡はお前らじゃあ止められないぜ!!」
 息巻くキバットの言葉に応えるかの如く、キバはタツロットから召喚した魔皇剣、ザンバットソードで戦闘員の一人を薙ぎ払う。
 マントを翻しながら剣を果敢に振るう姿は、舞うように流麗でありながらも、皇帝の名に恥じぬ雄々しさがある。
「ウェイク、アップ!!」 そして、ザンバットソードに取り付けられていたウエイクアップフエッスルをキバットに吹かせると、キバットのコールとともに制御アイテム、ザンバットバットを刀身にスライドさせた。
 すると、ソードが血のように赤い光を纏い、力をみなぎらせていく。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
 フルチャージとなったザンバットソードのエネルギーが刀身を伝ってキバの身体に反応し、尋常ではない魔皇力が剣へと蓄えられると、キバは周囲にいた戦闘員達目がけて突進していった。
『1……』
『2……』
『3……』
『4……』
『5……』
 ファイナルザンバット斬……ザンバットソードとウエイクアップフエッスルの音色が共鳴して繰り出される必殺技。
 エンペラーフォームとなったキバが最も得意とする技であり、これで幾多ものファンガイアを倒してきた。
 大地を駆け抜けざまに一人を袈裟斬りに、その場で反転してザンバットソードを真横に振るってもう一人を薙ぐ。
 そして、前方にいる二人の戦闘員も軽捷に斬り捨て、再び地を蹴って白刃を躍らせた。
『ラスト……』
 キバットの声ととも、最後の戦闘員を真っ二つに切り裂くと、戦闘員達は途方もない轟音を立てて爆発。
 その様子を残心しつつ見守りながらキバは再びザンバットバットを刀身にスライドさせて力を制御し、戦闘態勢を解除した。
 一方、残りの戦闘員がブレイドを取り囲むが、そんな事態であっても彼は臆した様子もない。
 戦闘員達が一斉にブレイドに手に持っていた剣で切り裂こうとするが……ブレイドの鎧に傷一つ付ける事すら叶わなかった。
「ギィー!!」
 もう一度、戦闘員が剣を振りかぶるが、ブレイドはその隙を付いて戦闘員を一打の拳撃で吹き飛ばす。
 その様を見て、再び怯む戦闘員達。
 どう足掻いても並の戦闘力しかない彼らが、トライアルシリーズやアルビノジョーカーですら歯が立たなかったキングフォームのブレイドを倒す事など、どだい無理な話である。
「さっきも言ったけど、一気に片付けさせてもらうぞ」
 そう言い放つブレイドの身体から五枚のラウズカードが出現し、ブレイドはそのカードを手にする。
『TEN……JACK……QUEEN……KING……ACE……』
 そして、重醒剣キングラウザーに上級カテゴリーのカードを次々に差し込んでいく。
『ROYAL─STRAIGHT─FLASH』
「うぉぉぉぉぉぉっ!!!」
 ブレイドの前に先程セットしたラウズカードと同じ絵柄の巨大な光のカードが出現し、ブレイドはカードの中を突進していきながら、戦闘員達にキングラウザーの一振りを浴びせる。
 たったの一撃で、ブレイドは十人以上はいたであろう戦闘員を斬り伏せ、その膨大なエネルギーを全て受けた戦闘員は、轟音とともに───爆ぜた。
 瞬く間に、戦闘員達を一掃したブレイドとキバだが、既にトライバル・エンドの姿が無い事に気付く。
 恐らく、もう戦線から離脱してアジトへと帰還したのだろう。
「ぐっ……ハァ……ハァ……逃がしたか……」
 ブレイドから変身を解除した剣崎が片膝を付いて忌々しげに呟く。
 キングフォームは彼に強大な力を与える代わりに、著しく体力を消耗させる。
 故に、変身を解除した後は激しい眠気が剣崎に襲い掛かるのだが、戦いの中で彼はそれを克服したようだ。
「剣崎さん、僕達も研究所へ向かいましょう」
 変身を解除した渡もまた、エンペラーフォームによってかなり体力を削られたのか身体をふらつかせている。
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スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world第二話『ヒューマンサイクロプス』

スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world第二話『ヒューマンサイクロプス』



「……彩が行方不明?」
 訝しげな声を上げて、零次は携帯電話のスピーカーに強く耳を押し当てる。
 零次がその連絡を受け取ったのは丁度、自主トレーニングを終えて帰宅した時の事だった。
「うん、家にも帰ってないみたいだし……レイはアーヤから何も聞いてない?」
 電話の主は、彩のクラスメイトである珠音。
 聞くところによると、彩が五日も学校を休んでおり、家にも帰ってきていないという。
「いや、俺の方からは何も……先週会ったばかりだし」
「そっか……こんな事今までなかったから由芽と一緒に街を歩き回ってるんだけどさ、見つからないんだよ」
 気丈な珠音らしく、友達の消息が分からないというのに口調は平常時と変わり無い。
 だが、それでも彩の事が心配なのか声音は不安の色を帯びていた。
「分かった、俺の方でも捜してみる。珠音ちゃんはゆっくり休んだ方がいい。寝てないんだろ?」
「まぁね……あたしは寝不足とか慣れてるから平気なんだけど、由芽なんかご飯も食べられない状態だからさ、何とかして捜さないと」
「無理だけはするなよ」
「オッケー。心配してくれてありがとうね」
 そう伝えると、珠音はやはりいつもの口調で電話を切った。
“彩が……一体何で?”
 嫌な予感を胸に抱く零次は自宅に置いてあるマッハアクセルのイグニッションキーを回してエンジンを起動させ、ガイアセイバーズの基地へと急いだ。




「こんにちは、零くん」
「よう梨杏、あんまりサボるなよ」
「むぅ……ちゃんと真面目にやってるよ」
「そうか、なら良かった」
 都内の湾岸地区に建設されたガイアセイバーズの基地へ辿り着いた零次は、受付に立っている梨杏に軽口を叩いて───少しでも不安を紛らわす為なのだが───IDカードを見せると真っ先に総監室へと向かった。
 今回の件が、まだ誘拐の類となれば零次個人で動いて捜し出すのだが、どうやらその説は薄い。
 ただの誘拐なら彩自身でその危機を抜け出せる事は充分に考えられる。
 何より、その辺の暴漢に彼女が不足を取る事は考えにくい。
 だが、魔女イザベルの前例もあるため、ダーククライムが絡んでいる可能性があると踏んだ零次はまず、天道に彩が行方不明だという事を報告するため総監室の扉の側にあるスロットルにIDカードを差し込もうとした。
『緊急事態! 緊急事態!──新宿区にてダーククライム出現! ガイアセイバーズ各員は直ちに急行して下さい!!』
 突如、けたたましい警報とともにレッドアラートを伝えるアナウンスが基地内部へと響き渡る。
「クソッ……こんな時に」
 忌々しげに舌打ちした零次は、基地のフロアを慌ただしい様子で駆けるアサルトフォースの隊員達に混じって自らも駆け出した。




 そこは、凄惨という言葉が当てはまる光景だった。
 アスファルトは割れ、高層ビルは倒壊して瓦礫を築き、無数の車は障害物に激突して鉄屑同然と化している。
 そして、爆発を起こした所為で生じた炎火により、辺り一面は紅蓮の海原となっていた。
 もはや街として機能しているものは何一つ見当たらない。
「救護班、急いで!!」
 負傷した民間人の数も尋常ではなく、中には既に事切れた人間も数多く横たわっている。
 生存者は迅速に救出すべく、隊員達が語気を荒くして指示を出していた。
「一体……どうなってんだよ」
「あ、零次。やっほー」
 変わり果てた街の姿に零次が呆然としていると、背後からあっけらかんとした声が届いてきた。
 およそ、この修羅場には不釣り合いな声に振り向いた先には……少女がいた。
 ゴシックロリータ調のファッションに身を包み、右手に人間を軽々と持ち上げている少女は、見間違えるはずもない。
 零次がよく知る人物───そして、捜そうとしていた少女、彩だった。
「彩……何やってんだよ?」
「何って……見ての通りダーククライムの計画に邪魔な人間達を殺してるんだよ」
 悪戯っぽく喉を鳴らして笑いながら、彩は零次の問いに、さも当たり前だと言わんばかりの口調で答える。
 爛漫な声音でありながらも、手にしているのは肉塊となった青年の身体。
 零次の目に映るそれは、違和感を感じさせずにはいられない。
「お前……何言って……」
「おやおや、早速現れましたか。仮面ライダーイヴ」
 未だ思考が追い付かない零次の前に、今度はトライバル・エンドが姿を現した。
「意外と早くお披露目出来ましたね」
「……どういう事だ? 彩に何をした!!」
 大地を振るわさんばかりの零次の一喝を、しかしトライバル・エンドは冷笑で返す。
 まるで零次を嘲るように。
「もうこの娘は美島彩ではありません。私の新しい部下、ヒューマンサイクロプスといいます」
 もたれかかるように身体を寄せる彩の肩にそっと手を置き、トライバル・エンドは相手の神経を逆撫でさせるような慇懃な態度で会釈する。
「なっ……!?」
「さぁ、ヒューマンサイクロプス。仮面ライダーイヴに生まれ変わった貴女の力を見せてあげなさい」
「はい、トライバル・エンド様」
 指示を下された彩の嬉しそうな笑顔を見てから、トライバル・エンドは姿を消した。
「零次、まだよく分かってないみたいだから教えてあげる。ボクね、生まれ変わったんだよ。ダーククライムの新しい改造生命体として」
「……は? 意味分からねぇよ」
「もう~しょうがないなぁ。じゃあ分かりやすく言ってあげる」
 零次の言葉に、呆れたようにかぶりを振ってから彩は黒いフリルスカートの両端を指で摘む。
「ボクは、もう昔のボクじゃないんだよ。トライバル・エンド様の忠実なしもべ、ヒューマンサイクロプスになったんだぁ。これで零次と同じ改造人間だね」
 相変わらずの愛くるしい口調。
 まるで、森に迷い込んだ人間に悪戯をして微笑む妖精のような相好で彩は言い放つ。
「それでね、ボクに与えられた命令は……ダーククライムの計画に邪魔な人間達の抹殺、そして……」
 一呼吸置いてから、再び彩の口が動く。
「仮面ライダーイヴを殺してストーン・イヴを回収する事。それがボクの使命だよ」
 その言葉は、認めたくない現実から目を逸らそうとしている零次の心を抉るには充分なものだった。
 さなきだに、崩壊した街を目の当たりにして受けた衝撃は並大抵ではないというのに。
「……本気なのか?」
「嘘でこんな事言わないよ」
 言い終えた刹那、彩はアスファルトに亀裂が生じるほど強く踏みしめて地を蹴ると、一気に間合いを詰めて零次の顔面に縦拳を打ち込む。
 それは、常人を遥かに凌駕した亜音速の早駆けだった。
「がはっ───!?」
 突然の事態に対処出来ぬまま、零次は拳撃によって数メートル先の廃車に激突し、くぐもった呻き声を漏らす。
 衝撃により、鉄で造られた車が融解した飴細工のようにひしゃげ、原型すら留めなくなってしまった。
“み、見えねぇ……”
 背中に感じる激痛よりも、彩のスピード、パワーに零次は驚愕していた。
 少なくとも、自分が知る限り彩にこれほどまでの身体能力は無い。
 その驚愕が、否応なく彩の言葉を真実と認めざるを得なかった。
「ねぇねぇ零次、凄いでしょ? ボク人間だった時に比べてすっごいパワーアップしたんだよ!!」
「あっ……ぐぅぅ……」
 まるで子供が自慢話をひけらかすような口調で、彩は牙のように尖った犬歯を見せて笑うが、遅れて来た激痛により零次が答える余裕は無かった。
 半ば意識が朦朧とした状態で零次は起き上がろうとするが、身体に力が入らない。
「えへへ……じゃあ零次、ストーン・イヴは回収させてもらうね」
 再起出来ない零次を見て彩は、歩み寄ってから零次の腹部に手を伸ばす。
「クロスファイア……シュート!!」
「───ッ!!」
 突如、彩の眼前に橙色の魔砲弾が複数飛来。
 咄嗟の判断で彩は真上に跳躍し、その弾を躱す。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
 だが、上空から絹を裂くような叫びとともに、ローラーブーツでビルの壁面を滑走してきた少女が、特殊形状のグローブを嵌めた右拳で彩の顔面を殴り付ける。
「ぐぅっ!?」
 その衝撃で、上空を舞っていた彩は叩き落とされるように垂直に落下していくが、猫のような身軽さで二、三回空中で前方宙返りしてから地面に着地する。
「これ以上、零次には触れさせないよ!!」
 零次を庇うようにして前に降り立ったのは、白いバリアジャケットを身に纏った二人の少女、スバル・ナカジマとティアナ・ランスターだった。
 先程の魔弾はティアナのデバイス、クロスミラージュの銃口から放たれたもの。
 流石に二人ともエース・オブ・エースと呼ばれる高町なのはから直々に訓練を受けただけあり、戦闘レベルは高い。
「う~ん……スバルとティアナも来ちゃったら分が悪いなぁ」
 頭に付けたヘッドドレスの位置を直して小難しそうに唸りながら彩は構えを解く。
 流石の彩とて、今の自分が不利な状況に置かれている事くらい理解出来る。
『──ヒューマンサイクロプス』
「ほぇ?」
『ここは撤退しなさい。貴女はまだ実験段階ですからね、そろそろ血液交換もしなければなりません』
「むぅ~もうそんな時間かぁ……」
 脳内に組み込まれた無線通信LANからトライバル・エンドの声が聞こえ、それを受信した彩は残念そうに呟くと零次達に背を向けた。
「じゃあ零次、スバル、ティアナ。また会おうね~」
 別れの仕草に、片手を大きく振った彩が地面を蹴って跳躍し、戦線から離脱した。
「零次、大丈夫!?」
「あ、あぁ……大丈夫………だ」
 スバルの手を借りて何とか起き上がった零次は、ダメージが残るのか苦しげな声を発して腕を押さえる。
「アイツ、一体何なの? 今までのサイクロプスとはタイプが違うみたいだけど……」
「あれは……彩だ」
 ティアナの疑問に、零次が短く呟くと二人が目を見開いて零次を凝視する。
 その顔は、驚愕の色を隠す事もなく零次に疑心の目線を送っていた。
「えっ……ちょ、ちょっと待ってよ零次! あれがアーヤってどういう事なの!?」
「改造されちまったんだよ……アイツは」
「嘘でしょ………」
「冗談でこんな事言うかよ……俺だって信じたくねぇんだ」
 零次の言葉に、とうとうスバルとティアナは何も言えなくなってしまう。
 未だガイアセイバーズの救護班の隊長が檄を飛ばしている中、三人はその場に立ちすくんでいた。




「そうか……美島が」
 帰還した零次が総監室で事の顛末を報告すると、ガイアセイバーズ総監──天道総司は重厚なデスクの上に両肘を付き、指を組んだ。
 緩やかにウェーブした黒髪に鋭い眼光、落ち着き払った声音は十年前のワーム、ネイティブとの闘いの時から変わっておらず、機動六課部隊長の八神はやてから丸くなったとは言われても、彼はその研がれた牙をしっかりと持っている。
「……恐らく、改造手術と同時に脳改造まで施されてしまっているんだろう」
「………」
 淡々と推測する天道の言葉を、零次は口をつぐんだまま聞いていた。
 認めたくない……だが、認めなければならない。
 起こってしまった事態を。
「だが……サイクロプスに改造された人間が改造前の自我を保てるのは稀なケースだな」
「……はい」
「恐らく……自我を残しておけば沢井が美島に手が出せないのを見越していたのかもしれない」
「───ッ!!」
 激昂の余り、零次は骨の代わりに埋め込まれた特殊合金のフレームが軋みを上げるほど拳を握り締めた。
 それは、負けた事への悔しさではない。
 無関係な友人が敵対する者達によって辱められ、道具として利用されている事に対する怒りと、そして友人を助けてあげられなかった自分の不甲斐なさへの怒りだった。
 そんな感情を隠す事無く床を睨む零次に対し、天道は務めて冷静で、ポーカーフェイスを崩さない。
 次の作戦を考えているのか、その双眸は閉じられている。
 そして……天道はゆっくりとその瞼を上げた。
「沢井……美島を討て」
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スーパーヒーロー作戦 NEW MISSION Another world 第一話『新たなる実験台』

スーパーヒーロー作戦
NEW MISSION Another world 第一話『新たなる実験台』

 【※閲覧上の諸注意】

この物語はスーパーヒーロー作戦 NEW MISSIONと銘打っておりますが、ひらひらの仕掛け屋敷で展開されているお話とは所々異なる設定が存在します。
従ってこのお話は正史ではなく、あくまで異なる世界のお話となっておりますので、それを踏まえた上、物語を展開させていきたいのでよろしくお願いします。




 今月末、都内某所に立てられた研究施設は、太陽光発電の研究所として門を構えているが、それはあくまでカモフラージュの為にある表向きの看板。
 本当の姿は、ダーククライムのアジトになっている。
 電灯も付けられていない暗いラボの椅子に座り、一人の科学者がパソコンのモニターに映し出されるデータを目で追い掛けていた。
 そのデータは新たなる改造生命体を開発すべく、収集されたもの。
 これまで作ってきたものとは違う、完全な人間形態のサイクロプス……その研究に着手したはいいものの、それを実現するには弊害が二つあった。
 一つは莫大なコストと時間。
 もう一つは、改造した後そのボディに耐えうる素体……つまり人間の身体。
 前者は資金面で全面的にバックアップを施すよう、トライバル・エンドがあらゆる企業を手中に収めた為、然したる問題はない。
 時間もまた、ガイアセイバーズにこの計画が漏洩しない限りは、いくらでも費やす事は可能。問題は後者だ。
 これまでダーククライムがサイクロプスとして改造を施した人間は、その手術や術後に耐えられる人間のみを選りすぐんできた。
 仮面ライダーイヴとして現在はダーククライムの脅威となっている沢井零次もその一人である。
 ダーククライムはトライバル・エンドの命令により、素体となりうる適合者を探していたのだが……未だに目ぼしい素体は現れていない。
「経過はどうですか? シーク」
 モニターにびっしり表示されている文字列を一つ一つ見逃す事なく分析していると、トライバル・エンドが音も無く姿を現した。
「基本的なプログラムは完成しました。後はこれと併用する洗脳プログラムを人体に組み込ませればヒューマンサイクロプスとして改造する事が出来ます」
 シークと呼ばれた研究員は椅子から立ち上がり、頭を下げると研究の経過をまとめた報告書を恭しく差し出す。
「ご苦労様です。よくここまでやり遂げましたね」
 クリップボードに挟まれた書類には、人体の内臓を模した電子機器の図面が緻密に描かれており、報告書というよりは設計図のようなものに近い。
 それを一通り黙読したトライバル・エンドが満足げな声を発して部下を労う。
「私の方からも一つ報告があります。この実験の素体となりうる適合者が見つかりましたよ」
「本当ですか?」
「えぇ、この適合者であれば問題はありません」
 そう言ってトライバル・エンドが指を鳴らすと、中央にある巨大なモニタービジョンの中に、一人の少女の姿が映し出された。
「美島彩……仮面ライダーイヴとは友人関係にあり。また、我流の喧嘩殺法を駆使してストリートファイトで連戦連勝を誇っています」
「モルモットとしては面白味のある素体ですね」
「えぇ、中々興味深いものですよ」
 部下の鋭い洞察力に、トライバルエンドは嬉々とした声を漏らすが、その顔に付けた仮面によって表情を窺い知る事は出来ない。
「私は彼女を捕獲する手筈を整えます。貴方はそのプログラムを完全なものにするよう尽力して下さい………期待していますよ」
「はっ!!」
 指示を受けたシークが、直ぐ様計画に移るべく、コンソールを指で叩き始める。
「フフフ……仮面ライダーイヴ。私達に反旗を翻した代償は、貴方の大切な仲間で払ってもらいます」
 闇と静寂が辺りを支配する中、トライバル・エンドは再びその闇に溶け込むようにして姿を消した。




 ──東京都内、池袋。
 零次を始め、スバル、ティアナ、梨杏、彩達は休日を利用してショッピングに来ていた。
 最も、買い物を目的としているのはスバル、ティアナ、梨杏の三人だけであり、物欲が余り無い彩は東京見物、零次に至っては荷物持ち。
 折角の休日なのに馬車馬の如く荷物持ちとして酷使されている為、零次は些か疲れたような表情をしていた。
「ほぇ~……やっぱり東京は凄いねぇ」
 辺りを見回しながら、彩は人口の多さと多種多様な店がある風景に感嘆の声を上げていた。
 明野宮市もそれなりに栄えてはいるが、やはり地方都市と都内では比べものにならない。
「アーヤ、ちゃんと前見てないと転んじゃうよ」
 田舎者丸出しで周りの風景を見回しながら歩く彩を見て、梨杏は心配そうに声を掛ける。
 足元や前方を見て歩を進めていないため、かなり危なっかしい。
「大丈夫だよ、りーちゃ………ってうわぁっ!?」
 言ってる側から爪先を地面に引っ掛けてしまい、彩は身体のバランスを崩してしまった。
 このまま行けば顔が地面に激突するのは明白。
 そう思ったが、転倒するより早く、誰かが彩の身体を支えた。
「おっと!? ……ったく、気を付けろよ」
 彩の両肩を掴むように支えた零次が、ぶっきらぼうな態度で注意を促すと直ぐに彩の身体から手を離す。
「アーヤは本当ドジだね」
「あはは~失敗、失敗」
 スバルの言葉に、彩はいつもの能天気な笑い声を上げた。
「珠音が言ってた通り、本当そそっかしくて目が離せないわ」
「うん! タマちゃんにいっつも言われてるよ。凄いでしょ?」
「いや、それは褒められてないってば……」
 誇らしげに平坦な胸を張る彩に、ティアナはこめかみを抑えてため息を付く。
 珠音同様、彩の能天気ぶりに少し頭痛を覚えたようだ。
「でもアーヤ、零くんの言う通りちゃんと気を付けて歩かなきゃダメだよ」
「うーん……分かった。気を付けるね」
 先程の事もあってか、梨杏が念を押すように注意する。
 声音は優しいものの、その言葉にはしっかりと厳しさも含まれており、まるで子供を叱る母親のような口調だった。
「何か保護者みてぇな言い方だな、梨杏」
「だって、アーヤって知らないオジサンにお菓子あげるって言われたらついてっちゃいそうだし……」
「ひ、否定出来ねぇ……」
「むぅ~……ボクそこまで馬鹿じゃないもん」
 酷な物言いに、彩は頬を膨らませて拗ねてしまう。
 確かに彩は警戒心というものが殆ど無く、どんな人間にも人見知りはせず懐いた仔犬のように従順な態度を取る事がある。
 よく言えば素直、悪く言えば頭が緩い………容姿同様、やはり精神も子供っぽく、とても零次達と同世代には思えない。
「大丈夫だよ、梨杏。アーヤだって気を付けるって言ったんだし。あ、次はあのお店見てみようよ!」
 スバルの一声とともに、ティアナと梨杏も一緒に次の店舗に入ってしまい、後ろにいた零次は置いてきぼりにされてしまう。
「あ、おいっ! ハァ………全く」
「みんな行っちゃったねぇ……」
「そうだな……そういや彩は何も買わなくていいのか?」
「ほぇ?」
「いや、ほぇ? じゃなくて……折角こっち来たのに街を見物してるだけじゃつまんねぇだろ?」
「ボクはもう必要なもの買ったから大丈夫だよ」
「もう買ったのか?」
「うん、自分のために買ったんじゃないんだけどね」「は? 自分のためじゃない?」
 彩の言葉が今一つ理解出来ない零次は、おうむ返しに反芻する。
「じゃあ誰のために買ったんだ?」
「え? いやそれは……あ、ユメちゃんに園芸用のスコップ買ってきて欲しいって頼まれたんだよ!」
「そんなもん東京に行かなくても買えるだろ」
「あ、あぅぅ……あ、そうだ!! 零次。折角だから皆が買い物終わるまであそこで遊んでよっか」
「あそこ……?」
 返答に詰まった彩が、はぐらかすように声を張り上げて街の一角にある建物を指差す。
 彩が指している場所は、街の片隅にひっそりと建っている小さなゲームセンターだった。
 小さいとはいえ、出来てまだ新しいのか建物の外装は小綺麗に見える。
「ゲーセンか……確かに時間は潰せるな」
「でしょ? ほらほら、早く行こうよ」
「おわっ!? ちょっと待て、引っ張るなよ!!」
 少しのあいだ思案を巡らせている零次の腕を彩が引っ張る。
 別段、女に手を引かれるのは悪い気分ではないが、両手が荷物で塞がり、歩き疲れている今の零次には迷惑極まりない。
 だが、そんな抗議などお構い無しと言わんばかりに彩は零次を引きずっていった。




 自動ドアが開かれて店内に入ると、予想通り様々なBGMがけたたましく鳴り響いており、薄暗い店内をゲーム機の電飾が鮮やかに彩っていた。
 なるほど外観を見れば小規模なアミューズメント施設だが、中にはオンラインタイプのビデオゲームやメダルゲーム、クレーンゲーム等が設置されていて、それなりに設備は充実している。
 しばし辺りを見回した零次が、何で遊ぼうかと考えていた。
 先程まで一緒にいた彩は真っ先にガンシューティング・ゲームのアーケード台に走っていったため、放置決定。
 ビデオゲームは昔、梨杏と一緒に対戦して完膚なきまでに敗北して以来、若干トラウマになっているので視界には入れたくない。
 メダルゲームも、単調なのですぐ飽きる。
 どうするか……と思った所で、一つのクレーンゲームが視界に入ってきた。
 消去法でこれが一番妥当だな……そう思って零次がクレーンゲームに百円玉を投入してアームを操作する。
 何とか上手い具合に取れた景品のマスコットだが、零次はそれを見てため息を付いた。
 毒々しいピンク色の身体に必要以上に大きな目、手には長い爪が生えて口から血を垂らしているクマのぬいぐるみは、お世辞にも可愛いとは言えない。
 流行っているマスコットキャラクターらしいが、一体これのどこに可愛らしさがあるのか、零次には理解出来なかった。
“……本当にこんなもん欲しがる奴いんのか?”
 今更ながらこのぬいぐるみが必要無いと感じる零次が、梨杏かスバル辺りにでも押し付けておくかと思った瞬間、零次は横から何か奇妙な視線を感じてそちらに首を向ける。
 その視線の先には……先刻、自分からすぐに離れたはずの彩が目を輝かせて物欲しそうにこちらを見ていた。
「……欲しいのか? これ」
「うん……うんっ!」
 何故二回頷く必要があるのか疑問ではあったが、その返事で彩がぬいぐるみを欲しがっているのは十二分に伝わる。
「じゃあ俺いらねぇからやるよ」
「ホント!?」
「あぁ、どうせ持ち帰っても邪魔になるだけだしな」
 そう言って零次は戦利品であるぬいぐるみを手渡した。
「ありがとう……零次。大切にするね」
「いや大袈裟だろ、それは」
 頬を赤らめ、彩はぬいぐるみを大切そうに両手で抱える。

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彩 Aya 別章  『漆黒の風神』(後編)

※諸注意

今回は以前投稿した彩 Aya『漆黒の風神』(前編)の続きを投稿しますが、前回のお話をまだ読んでいないという方は、一度前編を読んでから今回のお話を読む事をお勧めします。

既に読んだという方は下からどうぞ↓



  彩 Aya 別章
 『漆黒の風神』(後編)




「───ッ!! ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・ハァ・・・・・・」
 アッパーカットの体勢から身体を戻した洋子は、両手を膝に置き、肩で大きく息をしていた。
 過剰なまでに身体を酷似して放ったファントムブレイクは洋子の体力を根こそぎ奪うだけでなく、急激な動作の連続で筋肉に負荷を掛け過ぎた為、凄まじい程の疲労感に襲われる。
 しかも今まで無呼吸だったせいか、体内が本能的に生命危機を察して酸素を要求しており、大口を開けて懸命に酸素を取り込んで血液を循環させ、心臓と肺を正常な動作に戻そうと必死になっていた。
 余程苦しいのだろう。本来の呼吸の仕方も忘れて遮二無二といった様子で鼻と口から酸素を補給している。
“流石に・・・・・・立たれへんやろ”
 アスファルトに落下し、大の字になって倒れた彩を一瞥してから洋子は額と鼻頭に浮かぶ玉の汗をトラックジャケットの袖で拭った。
 急速な体温の上昇により、身体がオーバーヒート直前になっている為か、動いていなくても全身の水分が全て排出されるかの如く膨大な量の汗が毛穴から際限なく吹き出てくる。
「彩ちゃん・・・・・・しばらく眠っとき。そのまま起きんかったら何もせんよ」
 未だ顔から滴り落ちる汗を再び邪魔臭そうに拭う洋子は、ダウンしたままの彩に呟く。
「ぐっ・・・・・・うぅ・・・・・・」「────ッ!!」
 これで決まっただろう・・・・・・そう思っていた彼女の予想に反し、彩は総身を震わせながらゆっくり立ち上がった。
 その光景に洋子だけでなく、柚華やちより、そしてギャラリー達も目を大きく見開き、驚愕の表情を浮かべている。
「まだ・・・・・・だよ・・・・・・まだ・・・・・・ボクは・・・・・・闘える!!」
 ファントムブレイクを受けたのと地面に落下した二重の衝撃からか、額と頬がざっくりと裂けて頭蓋骨の一部分が剥き出しになり、まるでペンキを被ったかのように傷口から鮮血を垂れ流して顔全体を赤く汚していた。
 それでも彩は、息絶え絶えになりながら鉛のように重くなった両腕を上げて再び半身の構えを取る。
 本人の言葉通り、まだこの少女の心に宿る闘いの火は消えていない。
 寧ろ、その炎火は激痛という名の薪を投げ込まれて更に燃え盛っているように見えた。
 これが街で無敗のストリートファイターと呼ばれた少女の底力・・・・・・と言うべきか。
 その屈強な精神力は賞賛にも値する。
「言った側から立ち上がってどないすんねん・・・・・・アホやろホンマに」
 驚いているのか呆れているのか判別し難い表情を浮かべ、洋子はため息混じりに悪態を付く。
 だが、彼女もまだ戦意は失っておらず、それどころか厚みのある唇には喜悦の証である笑みさえ張り付いていた。
 自分の切り札を受けても、なお立ち上がってくる彩が嬉しくて仕方ないのだろう。ここまで餓狼の如き執拗さで喰らい付いて来る手合いは、中々いない。
 なるほど、これなら彩が格闘技界で名を馳せてきた少女達を路上で打ち倒してきたというのも合点が行く。
 聞きしに勝る猛者とは正にこの事だ。
 それならと・・・・・・洋子は垂れ下げていた頭をもたげ、バンデージを巻いた両拳を握り締める。
「はぁぁぁっ!」
 疲労困憊である身体を叱咤する為の気合いと共に、洋子は先程のアップライトからクラウチングスタイルへと構えを切り替え、俊敏なフットワークで彩の懐に潜り込むと同時に右のフックを繰り出した。
 剃刀のような鋭さを持つそのフックは、ボクシング界から姿を消したとはいえ、やはり洋子が一流のプロボクサーだという確固たる証拠。素人ならまず、その軌道を見切れる事なく顔を打たれ、アスファルトに沈むだろう。
「────ッ!!」
 風切り音とともに差し迫ってきた洋子のフックに対して彩はパクサオで拳撃を下方へ弾き落とし、目標を失ってあらぬ方向へと逸れた洋子の腕───正確にはトラックジャケットの袖の内側を絡め取るように掴んで押さえ付ける。
 パクサオというのはボクシングのパーリングをストリート用にアレンジしたものであり、相手の拳撃を弾くだけのディフェンスとは異なってパンチを弾いた後に腕を掴む、或いは押さえ付ける等して相手の自由を奪う事を目的とした防御法だ。
「なっ・・・・・・!?」
「遅いっ!!」
 得意のフックを楽々といなされ、洋子が絶句していたその刹那、意趣返しとも言うべき彩の掌底フックが洋子の顎を斜め下から撃ち抜く。
「あぁっ・・・・・・あがっ・・・・・・」
 皿に乗ったプディングのように人体の司令塔である脳をシェイクされた洋子は地についていた脚がぐらつき、今にも崩れ落ちようとしていた。
「すぅぅぅぅ・・・・・・」
 身体を傾がせた洋子に追い討ちを掛けるべく、彩は調息によって鼻孔から吸い込んだ内気を丹田に満たし、骨が軋みを上げる程、拳を強く握り締める。
「やぁぁぁぁぁっ!!」
 刹那、彩は凄まじい爆発呼吸とともに、殆ど揉み合うような超至近距離から洋子のボディに拳撃を叩き込んだ。
「がはっ────!!」
 彩の得意技、寸勁・・・・・・別名、ワンインチパンチ。
 相手が連撃で来るなら自分は一撃で打つ・・・・・・そう物語るかのような一打は体格の勝っていた筈の洋子の身体を軽々と浮上させ、密着していた状態から数メートル先まで吹っ飛ばした。
 殆ど予備動作の無い動きから繰り出されるその一打は、紛れもない本物の功夫である。
「あ・・・・・・がぁ・・・・・・うぅ・・・・・・」
 先程とはまるで立場が逆転していた。
 洋子がファントムブレイクを放った時、彩は何も出来ないまま打たれ続け、宙に放り出されて落下したが、今度は洋子がワンインチパンチの衝撃で吹き飛ばされ、先刻の彩同様に背中から地面に落下していった。
 鳩尾に強烈な一打を放たれ、呼吸困難になった洋子はアスファルトに倒れたまま両手で胸を押さえ悶絶している。
 しかも落下した時、恐らく後頭部を地面に打ち付けてしまったのだろう。瞳孔が開ききって危険な状態になっていた。
“負ける・・・・・・負けるんか? うちは・・・・・・嫌や・・・・・・そんなん嫌や!! うちが負けたら、加奈が・・・・・・加奈がぁっ!!”
 意識が混濁している洋子の脳裏に、一人の少女の笑顔が浮かぶ。
 それは、いつも自分に優しく微笑んでくれた・・・・・・大滝加奈の笑顔だった。
 二年前、高校へ入学すると同時にプロテストに合格してライセンスを取得した洋子は、その会場で同じ志望校に入学した加奈と出会い、互いにプロボクサーとしての道を歩む二人は意気投合し、いつしか惹かれ合うようになる。
 そして、二人が恋人同士という特別な関係になるまで、さほど時間は要さなかった。
 同性愛という異質な恋愛ではあるが、洋子も加奈もお互いを愛し合っている事に変わりは無い。
 普段は洋子が甘えるように擦り寄っても呆れ顔で素っ気ない態度を取る加奈だが、それでも自分と同じ道を志す洋子を励まし、支えくれる。
 そして、何だかんだ言いつつも自分だけを見て愛してくれる・・・・・・それだけでも洋子は嬉しかった。
 充分過ぎる程の幸せを感じていた。
 全てを狂わせたあの忌まわしき事件が起きるまでは・・・・・・。
 プロデビュー戦の最終ラウンド・・・・・・対戦相手であった加奈をコーナーにまで追い詰めた洋子がストレートを放った時、加奈はリングロープを支えるコーナーポストに後頭部をぶつけて頸椎を骨折してしまい、全身麻痺になってしまった。
 当時、スポーツ新聞や格闘技雑誌でも大きく取り上げられて大騒動になったそのアクシデントは、二年という月日が経過した今でも加奈の安否を気遣う声が上がっている。
 病院のベッドで寝たきり状態になってしまった加奈に、洋子は涙を流しながら床に頭を付けて何度も何度も謝り続け、その度に首を動かす事すらままならない加奈は消え入りそうなくらい小さな声でこう言い続けた。
『洋子のせいじゃないよ・・・・・・謝らないで』
 精一杯の力を振り絞って洋子に語りかける加奈の表情は、今でも洋子の網膜に焼き付いて離れる事は無い。
 加奈の治療を担当した医師の話では、損傷した頚椎が治ってリハビリを続けれていけば完治は難しいが、日常生活を送れるまで回復する事は可能だと言っていた。
 だが、その治療には長い年月と莫大な費用が掛かる・・・・・・そう聞かされていた洋子は加奈の治療費を稼ぐ為にボクシング界を去り、破格の賞金が出る地下格闘技場やストリートファイトに身を投じて金を稼ぎ回るファイターとなる。
 噂は真実であり、実際に洋子は今日までアンダーグラウンドファイターとして幾多もの修羅場を潜り抜けてきた。
 表舞台のルールが通用しない地下闘技場の中で、がむしゃらに闘い続けた結果、いつしか地下闘技場ではトップクラスのファイターにまで登り詰めていたのだ。
 だが、それも全ては加奈の為。
 自分が弱かったから・・・・・・加奈の人生を狂わせてしまった・・・・・・だからこそ、加奈を助けるのは・・・・・・自分だ。その為なら汚泥を被る事もいとわない・・・・・・・・・あの日から洋子はそう決意していた。
 もう一度、加奈の笑顔を取り戻したい───それだけを支えにして今日まで闘い、勝ち上がってきた。
 だから、自分はこんな所で負ける訳にはいかない。
 例え相手が百戦錬磨の喧嘩屋だろうと、勝ってファイトマネーを得なければならない。
 それが、中野洋子が自らに課した宿命だった。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!」
 顎骨が外れるのでは無いかと思いたくなるほど、大口を開けて咆哮し、洋子は立ち上がる。
 まるで、縛られた鎖を引きちぎる為に暴れ回る野獣のように・・・・・・。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・絶対・・・・・・絶対助けるんや・・・・・・あの娘を・・・・・・加奈を!!」
 聞くものを震え上がらせるような叫び声の後、荒い吐息に混じって最愛の人の名を呟きながら洋子は顔の前に置いた両拳越しに彩を睨み付ける。
「・・・・・・加奈?」
 相変わらず頭から血を滴らせる彩はすっかり赤く染まってしまった細眉をひそめて訝しげな表情を浮かべる。
「アンタには関係無い・・・・・・・・・うちはうちの、背負っとるもんの為に闘っとるんや」
 冷たく言い放つ洋子に対し、彩もその眼光に答えるかの如くティーブラウンの瞳を三白眼にして洋子を睨み付ける。そして、緩慢な動作で傍らに落ちていたアポロキャップを拾って目深に被り直した。
「じゃあ・・・・・・来なよ。路上にインターバルは無いよ」
 血まみれた顔もそのままに、彩は掌を上に向けて手招きをする。
 彼女がこうやって対戦相手を挑発するのはかなり珍しい。
 恐らくは、洋子の気概に触発されたのだろう。
「いちびんな言うたやろこの糞餓鬼。そこの縁石で頭カチ割って脳味噌ぶちまけたろか?」
 彩の挑発で怒りをあらわにした洋子もまた、こめかみに青筋を浮かべて般若のような形相で彩を睨み付ける。
 先程の祭り騒ぎとは一変して水を打ったような静けさが周囲を包む中、二人は視線を逸らす事なく睨み合ったまま摺り足で間合いを詰めていった。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 靴底とアスファルトが擦れる度、ざりっ・・・・・・ざりっという硬質な音が響き渡る。
 やがて、二人の間合いはものの十秒と掛からず互いに打撃を放てる距離まで近付き、彩と洋子はその場で膠着状態となった。
 ストリートファイターとアンダーグラウンドファイターの音無き鍔迫り合い。
 どちらがそれを制するかなど、最早誰にも予想出来ない。
 分かる事はただ一つ・・・・・・次の一合でこの闘いが終焉を迎えるという事。
「やぁぁぁぁぁぁっ!!」
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
 アーケード街に響き渡る闘士の咆哮。
 それと同時に二人の打撃が繰り出された───否、彩の方が僅かに早い。
 鋭角に曲げた膝が洋子の脇腹・・・・・・正確にはあばら骨がある位置を強襲し、そのまま洋子の肋骨に突き刺さる。
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彩 Aya 別章 『漆黒の風神』(前編) (宮内ミヤビさんからいただいた小説ですよ♪♪)

  彩 Aya 別章
 『漆黒の風神』(前編) 

 北関東の中核市として栄える街、明野宮市・・・・・・この街に存在する一つの大衆娯楽、ストリートファイト。
 街の大通りや繁華街、駅前ロータリー、公園、資材置き場、バスケットコート、果てはサウンドクラブのダンスホールや廃工場、ゲームセンターなどをリングとして、一対一の喧嘩が展開される。
 ルールは簡単。素手のみならどんな手を使っても相手を倒せば良いだけ。
 どちらかが戦闘不能に陥った時、勝負が決まる。
 フルコンタクトというのも愚かしい試合形式────バーリトゥードの世界だ。
「やぁぁぁぁぁっ!!」

 夜のアーケード街、オリオン通りの中央でスカジャンを着た童顔で小柄な少女が、その容姿とは不釣り合いな烈帛の気合いと共に対戦相手である少女の顎を掌底でかち上げる。
「がふっ───!?」
 長い髪をヘアゴムで束ねた上下トレーニングウェア姿の少女は彩の強烈な一打によって見事なまでに大きく仰け反り、アスファルトの上に大の字になって倒れ込んだ。
「ウィナー、彩ぁ!!」
 立ち会い人の青年が勝者の名を高らかに叫ぶと、既に営業時間を終え、シャッターで閉め切られた店が立ち並ぶアーケード街が二人を囲む群衆の咆哮によって激しく揺らぐ。
「O.K!!」
 この明野宮市で無敗のストリートファイターと呼ばれる少女、美島彩は被っていた黒いアポロキャップを取って真上に投げ飛ばし、勝利の喜びを身体全体で表現していた。
「相変わらず連戦連勝ね」
「当然ですよ~路上は~美島さんのホームグラウンドなのですから~」
 彩の闘いを群衆の中から観戦していた極東空手を使う少女、海堂柚華と明野宮海凰女子学院の生徒会長でムエタイ使いの少女、陽咲ちよりは対戦相手を悉く打ち倒す彩の姿を見て互いに頬を緩ませている。

 かつて彩と壮絶な闘いを繰り広げた彼女達も、戦友の勝利というものは嬉しいのだろう。
 試合と稽古の時以外はポーカーフェイスを崩す事の無い柚華でさえ、今は柔らかな笑みを浮かべていた。
「よーし・・・・・・次、彩とやりたい奴いないか~?」
 先刻の試合の興奮が冷めやらぬ間に、青年が群衆を見回しながら次の対戦相手を探し求めるが、挙手する人間は誰一人としていなかった。
 無理も無い。今日で既に十数人以上もの相手を彩が全て倒してしまったのだから。
 それを見ていれば誰もが尻込みしてしまうのは仕方の無い事である。
 分の悪い喧嘩にわざわざ玉砕覚悟で挑む程の胆力を持つ人間はそういない。
「ほんなら、うちがやってええか?」
 しばらくして、静まり返ってしまった群衆の中から一人の少女が手を挙げると、皆一斉にその少女へと視線を集める。
 艶やかな光沢を放つ黒髪をショートカットに切り揃えた少女は、ジッパーを胸元まで開けたアバクロのトラックジャケットにネイビーカラーのクラッシュデニムパンツ。

 足にはリーボックのスニーカーを履いたスポーティーな格好で、両手には赤黒い血痕や汗が染み付いて変色したバンデージを何重にも巻いていた。
 ガラス細工のように繊細な印象を受けるその手に巻かれたバンデージは、随分と不釣り合いに見える代物だが、相当使い込んでいるのか布地の所々がほつれて痛み、いつ切れてもおかしくない位ぼろぼろになっている。
 年頃は見た目からして十六か十七・・・・・・少なくとも二十歳までは行っていないだろう。
 一六〇センチを越える長身で、ファッション雑誌のモデルとして掲載されても何ら違和感が無い程端正な容姿だが、垂れ掛かる黒い前髪から覗く真紅の瞳は野心に満ちているのか、ぎらぎらとした鈍い光を宿していた。
「あぁ、いいぜ。じゃあ前に出な」
 立ち会い人の青年が意気揚々と手を挙げた少女を中央に来るよう促すと、少女はふっくらとした厚みのある唇を三日月に吊り上げ、地面に落ちたアポロキャップを拾い上げている彩に向かってゆっくりと歩いていく。
 背筋を伸ばして大股で歩くその様は威風堂々としており、端から見ても十分自信に満ち溢れているのが分かった。
 恐らく、相当腕に覚えがあるのだろう・・・・・・そうでなければ先刻の闘いを見ても尚、わざわざこの無敗のストリートファイターに挑むはずが無い。
「・・・・・・ん?」
 柚華は彩の前まで悠然と歩を進めるその少女を見ると、涼しげな印象を受ける切れ長な目を細めて訝しむ。
「ねぇ、ちより・・・・・・」
「何でしょうか~? 海堂さん~」
「あの娘・・・・・・どこかで見た事無い?」
「はい~?」
 柚華の言葉を聞き、相変わらず間延びした口調のまま少女の顔に視線を置いたちよりが優しげな垂れ目を何度も瞬かせて少女の姿を凝視する。
「あぁ~・・・・・・あの方は~中野洋子さんですね~」
「中野・・・・・・洋子!! 何であの娘が!?」 
 ちよりの口から紡がれた名前を聞き、柚華は驚愕の表情を浮かべる。
 中野洋子───かつて女子高生プロボクサーとして彗星の如く現れ、世間を賑わせたものの、デビュー戦の際に対戦相手であり恋人でもある大滝加奈を不慮の事故で再起不能にしてしまい、女子ボクシング界から姿を消した少女。
 その後の消息は、彼女のクラスメイトや地元の友人、家族すらも掴めず行方不明者扱いとして警察に捜索願いも出ていた。

 風の噂では、都内にある地下闘技場で連勝し、賞金を稼ぎ回るバウンティハンターとなっている───という話が一部で流れている。
 かつて華やかな表舞台に立ち、女子格闘技界を賑わせた時の人が何故この路上喧嘩の舞台に現れたのか・・・・・・・・・?
 その答えを知りうる人間は誰もいない。
「アンタがこの街の王者か。噂には聞いとったけど、随分こまいんやなぁ・・・・・・」
 対峙した彩の体躯を見て洋子はわざとらしく驚いたような表情を浮かべるが、直ぐに唇を真一文字に結んでボロ布と呼ぶにもおこがましいバンデージをそっと撫でる。
「うん? こまい・・・・・・ってどういう事?」
 初めて聞く単語に彩は可愛らしく小首を傾げて洋子を見つめた。
「こまいってのは関西の方言で、ちっこいって意味や」
 関西弁特有の語尾が下がるイントネーションで洋子は彩の疑問に答える。
「そうなんだぁ・・・・・・有り難う、勉強になったよ! えっと・・・・・・」
「うちは洋子、中野洋子や。今日は一つよろしくな。無敗のストリートファイターさん」
 言葉に詰まる彩の胸中を察してか、自分の名前を教えると洋子は腰に手を当てて胸を張る。
「うん! よろしくね」

 一歩間違えれば横柄とも取られてしまうような洋子の自信に満ちた態度に対し、彩は無邪気な笑顔で大きく頷く。
「はぁ・・・・・・何や気ぃ抜けるわぁ。ホンマにあの極東の荒武者を倒したんか?」
「はぇ? 柚ちゃんの事知ってるの?」
「あぁ、よう知っとるよ。極東空手の海堂柚華だけやなしにムエタイの陽咲ちより、ボクサーの天嗣朔夜、そして柔道金メダリスト候補の宮城真央・・・・・・みんな高校生やけど有名どころばっかりやからなぁ・・・・・・それが無敗のストリートファイター、美島彩に敗けたっちゅうんは流石のうちでも悪い冗談にしか聞こえへん」
「そうなんだぁ・・・・・・でも、柚ちゃんや真央ちゃん、ちより会長、さっちゃんも皆凄く強かったよ。ボク本当に負けそうになったし、ちより会長には心臓止められそうになってたもん」
「勝負の過程はリアルタイムで見てへんかったからよう知らん。あくまでうちは噂を聞いて知っただけや・・・・・・喧嘩屋が闘技やっとる実力者を悉く打ち倒したって噂をな・・・・・・」
 そこで言葉を区切ると、洋子は両拳を顔の前に持っていき、身体と首を真っ直ぐにしてアップライトスタイルに構えた。
「──だからこそ、うちはその噂が本当かどうかをこの目で確かめる。その為にわざわざ東京からこっちに遠征しに来たんやからな。失望させんといてや」
「うん、分かった・・・・・・じゃあ洋子さん、ボクも全力で行くよ!!」
 構えた状態から鋭い眼光で自分を睨んできた洋子に対し、彩も表情を引き締めてから右手右足を前に出した半身の構える。
「じゃあ二人とも、準備はいいか・・・・・・?」
 対峙する二人の中央に立った立会人が洋子と彩を交互に見据え、闘いの意を確認すると二人はほぼ同時に小さく頷いた。
「じゃあ行くぞ・・・・・・レディ、ゴー!!」
 立ち会い人の声と共に、彩と洋子は互いに上体をリズミカルに揺すり、足を小刻みに動かしながら軽やかなフットワークで徐々に間合いを詰めていく。
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
 一歩、また一歩と接近する二人は相手の正面に立たないよう、じりじりと側面に回り込む要領で動いていき────洋子が彩の左側に行けば、彩は洋子の右側に移行する────という探り合いが数十秒間に何度も行われていた。
「ふっ!!」
 そして、二人が打撃に於いての射程圏内に入った刹那、彩は僅かな息吐きと共に得意のビルジー・・・・・・目突きを放つ。
「────ッ!!」 
 下方から伸びてきて眼球の前まで差し迫った彩の指先に対し、洋子は絶妙のスウェーでその突きを躱す。
 洋子の構え、アップライトスタイルはクラウチングスタイルとは違って上体を動かしやすいため、防御の際はスウェーなどを使って相手の打撃を躱すのがセオリーだ。
「いきなり目ぇ突きに来るとは・・・・・・さすがに喧嘩のやり方知っとんなぁ」
 両拳をしっかり上げて顔面へのガードを忘れずにスウェーの体勢から上体を戻した洋子は、先制攻撃を外して身体が流れた彩へと間髪入れずに右ストレートを放つ。
「フッ!?」
 ビルジーを楽々と躱され、カウンター気味に来た右ストレートをラプサオという中国拳法独特のディフェンステクニックで洋子のストレートを危なげなく捌き、それと同時に腕を掴んで洋子の身体をコントロールする。
 そして、相手の勢いを殺さぬよう、彩は自分の方に向かってくる洋子の体を手前に引き寄せると鼻と口の間にある急所、人中に狙いを定めて縦拳を放った。
「───ちぃっ!!」
 この状態ではヘッドスリップを使ったとしても彩の縦拳を躱しきれない────そう判断した洋子は、やむを得ず顔に意識を集中させて拳を頬で受けた。
 ゴツッという鈍い音が響き渡るが、打点をずらした上に意識を集中させて打撃を迎え入れた為、さほど痛みは無い。
「はぁっ!!」
 薄いレザーグローブが嵌められた拳を自分の頬に打ち込ませたまま、洋子は彩のこめかみにショートフックを打ち込む。
 パンチの威力を発揮させるには余りにもストロークが足りないが、急所を的確に打てば多少なりともダメージを与える事が出来る。
「うっ!?」
 テンプルに感じる重い拳の衝撃と鈍痛からか、彩は眉間に深い皺を刻んでぐぐもった呻き声を口から漏らし、身体が僅かによろめくが、脚に力を込めてこの衝撃に耐える。
「くぅっ・・・・・・」
「うぅっ・・・・・・」
 ファーストコンタクトの打撃はパワーで勝る洋子が押しているものの、彩も負けてはいない。
 互いの拳を頬とこめかみにめり込ませたままの状態から二人は素早く自分の拳を引き戻し、瞬時にバックステップで後方へと飛び退くと再び元の間合いへと戻った。
「そのちっこい身体でようやるわ・・・・・・スピード、テクニックはウチが太鼓判押したる。けどな・・・・・・パワーが足りひんで!! 彩ちゃん!!」
 すかさず洋子はローラーブレードでも履いているかのような滑らかな足捌きで間合いを詰め、スナップを効かせた鋭いローキックを放つ。
「あぐっ!?」
 倒すためのローではないが、身長もウェイトも圧倒的に優位に立つ洋子にしてみれば、小柄な彩に十分なダメージを与える事は可能だ。

 洋子の足先が彩の大腿にぶつけられると、デニムスカートから伸びた細足が浮き上がって片足立ちになり、傾いた案山子のように不恰好な体勢になってバランスを崩してしまう。
 洋子にしてみればあくまで牽制の為に放った軽いローキックだが、ウエイトが二〇キロ以上も違う彩にとってそれは、足払いのような感覚を受けているはずだ。
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